地域に貢献するための、家づくりへの想い

私は出会いに感謝し、地球の人と共に歩んで生きたい! 家を建てる喜び…匠の技を評価される喜び…住む人に感謝される喜び…

公共工事との戦い

昭和55年私(副社長)26歳、旧事務所にて

昭和55年
私(副社長)26歳、旧事務所にて

私はこれまで30数年間、地元魚津市を中心に、東は入善町から西は富山市まで、主に富山県東部で砂防ダム工事、河川工事、下水道工事、道路工事等の公共土木工事に全力で携わってまいりました。

「雨にも負けず、風にも負けず、雪にも負けず、真夏の猛暑にも負けず!」
まさに、大自然との戦いの日々でありました。
「きつい」「汚い」「危険」と3Kの代名詞となっている建設業界であるにもかかわらず、私を信じてついて来てくれた社員と共に、工事を無事完成した時には、発注者共々、大いにその出来栄えに満足し喜びあったものです。

昭和58年1月新年会にて父(社長)64才、私(副社長)28歳、長女2才

昭和58年1月 新年会
父(社長)64才、私(副社長)28歳、長女2才

ところが、最近の風潮はどうでしょうか?
「公共事業は、税金の無駄遣いだからもう必要がない。」全国各地で談合事件が摘発され、「建設業界は信頼がおけない。」………。

「本当に残念無念であります!」

このように、とても厳しい環境ではありますが、私たち建設業界は、国民の生命と財産を守る使命がありますから、積雪時の除雪作業、大雨による大洪水、頻発する大地震災害に備えて、地域のみなさんが安心して暮らせるように、常に「いざ鎌倉」の精神をいつまでも忘れずに、頑張って行かなければならないと思っています。

家づくりを始めたきっかけは

以前の住まい

以前の住まい

私は、平成9年7月に、わが家を新築いたしました。
その当時、父親79才、母親72才、妻41才、長女17才、次女14才、長男11才の大家族でありました。

前の家は、築70年以上も経っていたので、老朽化が目立つようになり、隙間風や各部屋の段差も多く、年老いた両親のためにも「家族が元気で、仲良く、安心に暮らせる、最後のチャンスかもしれない。」と思ったからであります。

平成16年11月特別養護老人ホームにて
父86才、母79才

平成16年11月特別養護老人ホームにて
父86才、母79才

あれから十数年。
母親は81才で亡くなり、父親は特別養護老人ホームでお世話になるようになりました。長女と次女は社会人として、県外で自立しながら頑張っており、長男も県外の大学に行ってしまいました。

「そうなんです!」今は、愛する妻と二人きりになってしまったのです。

今思うと、家族全員の幸せを願いながら、あの時思い切ってわが家を新築して「本当に良かったな。」とつくづく思います。
短い時間ではありましたが、両親にも快適な暮らしをたくさんさせてあげられたと思いますし、7人家族で笑顔あふれる楽しい思い出も、たくさん作ることができました。あとは、娘たちの幸せな結婚と、長男が一日も早く帰ってくれることを願うばかりであります。

その当時、私の会社は住宅事業をやっていなかったので、某ハウスメーカーに建ててもらいました。
担当の営業や設計の方々には、本当に親身になって家づくりのお手伝いをして頂きました。
一ヶ月余りのプランの打ち合わせやら仕様の検討で、大変忙しい日々を過ごしましたが、着工してからは、一日一日長年の夢が少しずつ形になって現れてくるので、わくわくしながらの完成が待ち遠しい毎日でありました。

現在の住まい

現在の住まい

そして、ついに完成引き渡しの日がやってきたのであります。

ハウスメーカーからカギを受け取り、初めてわが家の玄関に入った時、年老いた両親も幼かった子どもたちも大変大喜びでありました。私は、「今でもあの時の感動を忘れる事ができません!」私がこの世に生まれて、人生で最大のうれしい幸福な一日でありました。

その時、私は急にある思いが込み上げてきたのであります。
「自分にも喜びと感動を与えられる、家づくりができたらな〜……」

高品質・適正価格の家づくりへの挑戦

それから3年後の平成12年、日増しに家づくりへ挑戦したいという思いが、強く込み上げてくるばかりであったその頃、とうとう私の願いが天に通じたのであります。
住宅建築の経験豊富な、一級建築士である遠藤進が、知人の紹介を受けて私の会社に入社したのであります。
その後、CAD担当の島瀬恵里奈、二級建築士の浜浦裕子とスタッフの陣容も整い、いよいよ伊藤建設の家づくりへの挑戦が始まったのでありました!

平成12年、高品質な住まいを適正価格でお届けできる仕組みのベースである、「アキュラシステム」を導入し、下請け構造を排除した直接施工による中間マージンの削減、全国規模のスケールメリットを活用した部材・資材・設備の大量一括仕入れ等で、高品質で適正価格の住宅提供を実現することができるようになりました。

平成13年当社第一棟目の上棟式

平成13年
当社第一棟目の上棟式

そして平成13年には、「ボルファートとやま」で、まだ一棟も家を建てていないのに、「家づくりプロジェクト説明会」を開催したところ、何と!三棟もの受注を獲得することができたのであります。

私は、まだ家づくりの実績がないにもかかわらず、私たちの「家づくりコンセプト」に期待をよせて、「伊藤建設頑張れ!」と契約をして頂いたお客様の温かいお気持ちを、生涯忘れる事ができません。
そして、そのご恩に報いるためにも、これからもお客様に喜んでもらえるような家づくりを、全力で心がけていこうと固く決意したのであります。

私たちの家づくりは、「家をつくることが大好きで大好きでたまらない!」という、匠の心と情熱を合わせ持った、地元で生まれ育った職人さんたちが支えています。
長年の経験豊富な、しっかりした腕と技を持つ職人のみなさんが、「木」本来の魅力を生かしつつ、丹精込めてつくりあげる安心の住まいをお届けします。

すべては富山県のお客様のために

平成19年 土木(砂防工事)

平成19年 土木(砂防工事)

私たち社員、職人さんまで、すべてこの地元富山県で生まれ育って、今も生活をしております。ですから当然ですが、私たちは、地元の気候や風土をよく知っています。そして、「この富山県でどういう家が必要なのか?」といったこともよく理解しているつもりです。

しかしながら、もし万が一、私たちの建てた家に悪評が立つようなことがあれば、私たちは、「富山県ではもう生きていけない。」という厳しい現実が待っております。そのことを肝に命じながら、毎日真剣に家作りに取り組んでいます。

「ゴールは家を建てることではありません!」お客様の本当のゴールは、「いつまでも笑顔で暮らすこと。」

私たちは、これからも「お客様が幸せに暮らせますように!」と真心込めて、すべての富山県のお客様のために「笑顔で暮らせる家」を提供してまいりたいと思います。

運命の出会いを大切に

私の会社には、豪華なモデルハウスやカタログ、派手な宣伝広告もありません。
話し上手なベテラン営業マンもいません。
恥ずかしながら、口べたな私が営業を担当しております。

ですから、私には営業ノルマがありませんので、しつこい電話や訪問は絶対にいたしません。お客様から「是非1度説明に来い!」と言われれば、喜んで飛んでまいりますが…。
しかしながら、本当に不思議なものです。
住宅会社は、大手ハウスメーカーから地元の工務店まで、数え切れない程度あるのに、「何故私の会社がお客様に選ばれたのだろうか?」とふと自問自答することがあります。

そこで私は、最近このように考えるようになりました。
「私たちとのお客様との出会いは偶然ではない。出会うべくして出会ったのだ!」
もしそうだとするなら、「私はその貴重な時間を大切にしたい。」
「私たちが得てきた知識や技術を全てお客様のために捧げよう!」そんな気持ちを持ちつづけて行きたいと思います。

私たち家づくりに携わる者は、ほんの数ヶ月間ですが、お客様とかけがえのない貴重な時間を共有させて頂きます。
そして、完成引き渡しをしたら、「さようなら。…」ではありません。
それからが、お客様との本当の長〜い長〜いおつきあいの始まりなのです。
新しい暮らしがスタートしてから生まれるご要望や、時間の経過などによって不具合も生じてくるかもしれません。

伊藤建設は、家が完成したらそれで終わりではなく、ご家族様の幸せな暮らしを守り続ける責任者として、お声がかかれば1時間以内に駆けつけられるように、これまでどおり地元にしっかりと根付いてまいりたいと思います。

そこで最後に、お願いがあります。

「新しい出会いを楽しみに、是非見学会でお会いしましょう!」

伊藤建設株式会社
代表取締役 伊藤甚宰

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